寸又峡温泉から考える温泉観

温泉を理解して、正しく利用しよう

寸又峡温泉から考える温泉観

美人の湯で知られる秘湯

温泉は日本文化としてみれば、我々日本人にとって馴染み深い文化となっている。その所以もあって現代まで多くの人に愛されている温泉文化だが、元々入浴という文化はそれまで存在しなかった。もとりより、現代でいうところの入浴を市民がする機会は滅多になく、月に一回あるといったものだったことも有名な話。現代人からすれば信じられないが、この時代は水は生活に必要なものであると同時に、非常に貴重なものだった。今でこそ蛇口を捻れば簡単に出てくるが、そんなものは中性の日本に存在するはずもなく、井戸から組み上げた水を持ってくるのが通常のシステムとして組み込まれていた。水を持ち上げて運ぶだけでも重労働となるため、ますますお風呂とは縁のない生活だったと言われると納得してしまう。

そんな日本に入浴文化が生まれたのが、市民が温泉を利用するようになったことで認識が世間的に広まっていく。それまでは武士や貴族などの関係者、さらにお上のような存在だけが毎日入浴していたわけだ。そんな中で源泉が湧き出ている箇所が多かったことも関係して、いつの間にか日本人は入浴する文化を形成するとともに、温泉を利用する文化的営みを構築するようにもなっていった。日本は火山が多い土地柄という特徴も相まって、全国的に見ても温泉は3,000以上に存在していると言われている。どれだけ入れるかと温泉録を付けている人もいるかもしれないが、全部入ろうと思っても中々行動に移したくても移せないものだ、さすがに多すぎるだろうと、そんなふうに感じてしまう。

温泉を愛してる人は多い、愛する理由はそれぞれだが、何をどうしてそこまで好かれているのか、そんな温泉に対する愛好心を探るため、一例として静岡県にある有名な温泉『寸又峡温泉』を例にして考えてみよう。この温泉は全国的に見て『美人の湯』とも言われている秘湯だ。


寸又峡温泉の概要

寸又峡温泉は女性の方には非常に有名な温泉としても知られている、または行ったことがあるという人もいるだろう。別名『美人づくりの湯』とも呼ばれている寸又峡温泉について、まずは簡単に説明していこう。

寸又峡温泉とは、南アルプスの麓から湧き出ている温泉の一種で、泉質は硫化水素と単純硫黄泉の2つで構成されており、この温泉に入ることで肌が綺麗になることで女性を始めとした人々に高い人気を誇っている。綺麗になる点もそうだが、肌荒れに悩んでいる人にも共通におすすめの温泉となっている。肌に良い、つまりは皮膚病にも効果が高いということになり、アトピーを始めとした病気に高い効能を誇っていることでも有名だ。

女性は素肌を綺麗にしたいという視点からだが、男性でもアトピーに悩まされているなどの皮膚が弱い人が多く訪れている秘湯となっているが、それ以外にコンセプトとして掲げていることがある。寸又峡温泉として目標としている理念ともいうべき点となっているが、それは『日本一清楚な温泉保養地』というものだ。

美人を追求する

温泉地と言われると色々な想像をする人もいるだろう。中には訪れたら綺麗な女性と仲良く盃の席を楽しみたいと考えている人も多いはず。興味のない人や女性たちからすればそんなことを求めて温泉に来ているのかと、思わず軽蔑の眼差しを向けてしまいそうだが、こういう人もいる。あと想像できるものとしてこれは色々と勘ぐり過ぎだが、よくあるミステリー小説などには、温泉地に男性と不倫女性が訪れて、不倫を妬んだ妻に男性が殺されてしまうという、ドラマ的な展開を連想したりもする。

温泉を舞台にした背景は様々だが、不倫相手との旅行先としての選択肢、なんて言うのも十分あると思う。言ってしまえばこういった想像は温泉地として非常に不愉快だろう、そんなことが日常茶飯事で行われていると思われるだけで、簡単な風評被害を被っているも同然だ。時には本当にあるかも知れないが、頻繁に泥沼だらけの人間関係が展開されていると勘違いされては、溜まったものではない。

そういった意味も込めて、寸又峡温泉では健全な温泉地としての品質を高めていこうとする意識向上が見られる。その取組として行っているのが、

・芸者・コンパニオンを置かない

・ネオンサインを付けないようにする

・山への立て看板を設置しない

上記に記した三原則を元に清楚さを目指して日々取り組んでいるという。美人づくりの湯とも呼ばれている寸又峡温泉にとって男女共に大事な顧客だが、特に女性の方が多く訪れているだろうと予測するなら、そうした温泉とは全く関係のないものが存在していると、あまり印象が良くない。どんなに有名な温泉街だったとしても、温泉を基準にして考えても不要なものは少なからず存在している。訪れる観光客が楽しく、そしてゆっくりと温泉に付かれるように取り組んでいる姿勢は立派なものだ。

温泉というとどうしてもいかがわしいことを連想してしまう、果ては連続テレビドラマの連続殺人事件という舞台設定を思い出してしまう、何てこともあるだろうが、しょっちゅう人殺しが起きている温泉街があったら、その時点で色々な意味で終わっている。


温泉文化の賜物

温泉に行ったら楽しみ方はいろいろだが、何を差し置いても温泉に浸かることが最大の楽しみといえる。日々、雑踏とした生活の中で息も詰まるような生活をしていたら当然、どこかで息抜きがしたくなる。寸又峡温泉も山間にあるのどかな空間で構成されているため、都会では味わうことの出来ない開放感を堪能できる。温泉に来て女性といけない遊びを楽しむ、という考え方は昭和頃の考え方だが、確かにそう捉えることも出来なくもない。

しかし温泉文化とは本来は美人づくりの湯もそうだが、人間の健康を良くするためにと考えられた『湯治文化』がその原点となっている。日本人と密接な関係を結んでいる温泉は、いつしか入浴の習慣を日本人に与え、そして日本人にとって憩いと安らぎを求めるものとして利用されるようになっていった。


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